※お願い※
記事内の写真や資料は、当情報誌での使用について許可をいただいて掲載しております。
無断での転載などの二次利用はご遠慮ください。
idea 平成26年3月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
区長 : 尾形 洋 さん(4期7年目)
一関市内中心部で268世帯584人が暮らす一関16西区では、東日本大震災をきっかけに、防災活動への取り組みが大きく変化しています。
地区内に一関修紅高校があり、市内中心部の地主町と大町の交差点の北東に位置する一関16西区は、昭和50年に一関16区が3つ(東・中・西)に分割されて誕生しました。実に約3割がアパート世帯で、他の地域に比べ住民の入れ替わりが多いという特色があります。
運動会や盆踊りは現在も16区の3つの地区合同で行われていますが、16西区としても、廃品回収や芋の子会の他、一関夏祭りには子供みこしに参加するなど、PTAと協力しながら様々な活動を行っています。
そんな16西区の活動に大きな転機が訪れたのは、平成23年3月11日のことでした。
「自分たちで何か手伝えることがないか」と考え、民区の青婦部とPTAを中心としたメンバーが、陸前高田市広田町へ炊き出しに訪れたのは震災発生からわずか3週間後の4月3日のこと。現地は停電と断水がまだ続いていました。前日から食材の準備をして、炊込みご飯や豚汁などを昼食として振る舞った炊き出しは、広田の皆さんを力づけました。
区長として炊き出しに同行した尾形さんはその時の体験を「どこが道路かもわからないような場所もあった。被災地を目の当たりにして自然災害の恐ろしさを痛感させられたし、『気の毒に・・・』という言葉しか出てこなかった。」と振り返ります。
炊き出しから戻ってきた尾形さんは、「この震災を契機とし、防災を民区の重要課題として防災組織の強化・充実を図っていかなくてはならない。」と考え、他の民区では防災にどういう備えをしているかについてよその区長さん方から話を聞き、民区で協議しながらさまざまな手を打ち始めました。
平成23年9月には防災マップを作成・配布。また、同年11月に全世帯を対象に実施した防災に関するアンケートは回収率50%を超え、住民から生の声が寄せられました。中には民区や役員への不満や改善要望といった厳しい意見もありましたが、アンケート結果を真摯に受け止めることで防災マップの改善や更なる防災の取り組みに繋げています。16西区独自の自主防災会も立ち上げ、防災訓練と芋の子会等を組み合わせる工夫や、各種防災用備品や防災用具収納庫の整備も進められています。
中でも特筆すべきは「一関16西区高齢者災害等緊急時支援者名簿」。これは民区の80歳以上の方一人ひとりに各3人ずつの確認者を決めて名簿化したもので、緊急時には確認者が自分の担当する高齢者の安否確認等を行うシステムです。毎年更新される名簿は敬老会に併せ全戸配布されますが、背景には「いざという時、家族はもちろんだが『遠くの親戚より近くの他人』が頼り。高齢者を地域で見守り助け合う『近助』が大事」という考え方があります。
「何事も健康でさえあれば何とかなる」現在一関市民合唱団の団長も務め、演奏会前には週5回の練習が入る事もある尾形さんはそう話しながら、「アパートも多くコミュニケーションが難しい面はあるし、自主防災会や防災訓練への参加者も減少傾向という課題もある。若い世代にも『自分の民区』として参画意識を持ってくれる人が増えるような活動をしていければ」と、今後を見据えていました。