(idea 2018年10月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
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対談者 一関市大東町 猿沢地区振興会 会長 菊地 昌斉(まさよし) さん
聞き手 いちのせき市民活動センター センター長 小野寺 浩樹
地域づくりの中で、若い力は貴重な存在。大東町の猿沢地区振興会(以下、「振興会」)の現会長である菊地昌斉さんは、40代と市内協働体の中で一番若く、1期2年目になりました。そこで、今回は振興会会長の菊地さんに、会長に任命された背景とともに、振興会の動きや地域づくりの視点についてお話を伺いました。
【小野寺】菊地さんとは、3年前の協働体が作成する地域づくり計画策定のワークショップ(以下、「WS」)で初めてお会いしましたが、その頃は副会長でしたね。その時も若い副会長さんだなという印象だったのですが、そもそも地域づくりに関わるきっかけというのは何だったのですか?
猿沢地区振興会 会長 菊地昌斉さん
【菊 地】一関市が「地域協働」という話をする前から猿沢には振興会があり、それが母体となって市に協働体の届けを提出したというのが会の背景です。それと同時進行で、協働を推進していくために、これまでの振興会のあり方をみんなで考え、新体制でスタートをしていこうと機運が高まり、平成27年度に三役、事務局の入れ替えがありました。それまで、小学校のPTA役員だったので、会長代理というかたちで会議などには参加していたのですが、そのうちに当時の理事さんからの推薦で副会長になったわけです。
【小野寺】最初に振興会に関わることになった時、どう感じましたか?
【菊 地】普段、家で親父と晩酌するときに地域のことが話題になることも多く、言いたいこともあったし「やってもいいかな」という気持ちでしたね。
【小野寺】なるほど、副会長として地域づくりに関わり、いろいろと見えてきたこともあったかもしれませんが、その後に任命されたという経緯ですね?
【菊 地】そうですね。2年副会長を務めて、改選期に前会長が「引退する」という話になり「菊地君やってみないか?」とご指名が来たわけです。副会長時代に振興会の活動内容について興味を持った部分が多くなったので良い機会かなと引き受けました。
【小野寺】もともと地域には振興会があったわけでが、現在の協働体になる前の振興会というのはどういうふうに見えていましたか?
【菊 地】実は、振興会があったことを知りませんでした。当時は情報発信が少なく、一部の人だけが関わっていた組織だったのでは?という印象です。新体制になってから強化したのは“情報発信”ですね。地域の方々に情報をしっかり発信しながら、振興会というものを理解してもらう。それから、振興会が地域を盛り上げるのはもちろんですが、みんなが振興会を盛り上げようという気持ちが大事だなと会長になってみて感じたところです。
【小野寺】確かに、振興会があって地域で頑張っていこうと盛り上げを作るのと、関わっている役員の人たちなどを地域住民が盛り上げていこうという構図はある意味理想ですよね。
【小野寺】会長としてのプレッシャーみたいなものは感じましたか?
【菊 地】なかったわけではないですが、周りが協力的だったので、自分が与えられたことをきちんとやっていく、その思いだけです。もちろん間違っていることは間違っていると言ってもらいたいし、言ってくれないと困ります。「逆ギレ」という言葉が流行りだして、そのころから本音で物事を話さなくなったじゃないですか。反発的な意見でもいいから私は言ってもらったほうがいいと思っていて、そうじゃないと本音でディスカッションはできないと思うんです。理事会でも正直に話し合いができるよう、リーダーとして努力したいです。
【小野寺】周りのサポートが何よりも大切なことですが、反発的な意見でもいいと私も思っています。そうしないと本音が聞けませんからね。
【菊 地】そうなんです。そういったことも含めて、会長になった当初は「大変じゃない?」とよく言われましたが、会議への参加、責任、自分的には大変だと思っていなくて、むしろ、それが会長の役割で、具体的な部分は他のみなさんに任せることだと。小さい頃から祖父や父が地域に関わってきた姿を見ているので、自分もそういう歳になったのかな?というくらいですよ。
【小野寺】WSでは、たくさんの意見も出て、面白かったなという印象が強いのですが、実際これまでも住民が集まってアイディア出しをする場は地域にあったのでしょうか?
【菊 地】私が知らないだけかもしれませんが、ないですね。確かにWSでは地域の課題をみんなで共有したくさんの意見が出され地域を見つめる良いきっかけになったと思います。そこで生まれたアイディアを基に、“やるぞ!”となった思いをどう盛り上げ実行に移すか、ここが運営側にとって大事なところなんだと実感しましたね。
【小野寺】地域づくり計画の話し合いの中から生まれた“猿沢羊羹の復活”これは本当に衝撃的でした。
【菊 地】そうですね。昨年12月から販売を開始してから月1500本ほどの売り上げがあり、安定してきました。お正月は2000本、お盆期間中は毎日100本、5日間で500本を売り上げました。
【小野寺】それはすごい!菊地さんは現役で働いているからこそ、企業人としての目線もあったかと思いますが、運営体制はどのような仕組みなのですか?
【菊 地】基本は、月曜日から金曜日まで4人で作業しています。30代の若い方も羊羹づくりに興味を持ってくれているので製造員としてお願いしている最中です。1週間で300本製造し50本をストックとしています。地域としては、猿沢羊羹作りをきっかけにあらゆる場面で自主的に協力するという気持ちが徐々に芽生えてきたように感じますね。運営側として協力者の体制づくりをきちんと整理してあげることが必要だなと思っているところですし、今後は生産管理など地域でも管理計画のようなものを作って、計画的に活動を進めていかなければならないと感じています。
【小野寺】次なる振興会の動きと今後目指すものはなんですか?
【菊 地】行事を増やすとか、大きなことをやるよりも普段の生活の中の協力ができてくればそれでいいと思います。それが地域協働なんだと。無理して行事を増やして負担感がでてくるのではだめだと思うんです。自分たちが「やろう」といって立ち上げた“会”なら無理も必要かもしれませんが、引き継いでやっている“会”だといつか体制が崩れてしまうこともあるだろうから。それこそ一人ひとりが負担を感じないように協力できるところがポイントで、難しいことをするのではなく今までやってきたことを守りつつ楽しんでやる、ほかの地域のことも勉強しながら吸収しながら自分たち流に変えていく。そんな風に猿沢“らしく”振興会の運営ができればいいかなと感じるところです。
世代に引き継ぐ猿沢羊羹づくり 小学生による体験活動
【小野寺】会長はこの後何年ぐらい続けてみようと思いますか?
【菊 地】いつまでもグズグズやるより新しい風を吹かせることが大事。長くても2期ぐらいでしょうかね。
【小野寺】今後も楽しみですね。引き続き猿沢のお話を聞かせていただきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。