(idea 2024年10月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
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マツリバ会場に入って来た本宮「大先司」。
「大先司」の神役は騎乗者だけでなく、馬やその口取り役、旗持ちなど
約10役を用意しなければならない。(平成30年撮影)
室根神社総代長(1期3年目)。定年で地元に帰郷した平成25年から総代となり、令和4年より総代長へ(※)。室根地域防犯協会会長や室根まちづくり協議会理事等、地域の各種役を担うほか、保護司としても活動中。昭和26年室根町折壁生まれ(在住)。
※旧折壁村を8区に分け、各区から3人ずつ総代を選出。1期3年で、総代の互選で総代長を選出する。
対談者 室根神社総代長 鈴木英樹さん
聞き手 いちのせき市民活動センター センター長 小野寺浩樹
昭和60年、国の重要無形民俗文化財の指定を受けた「室根神社特別大祭※1」。閏年(旧暦)の翌年に行われるこの祭りは、養老2年(718年)に鎮守府将軍大野東人が、難航していた蝦夷征伐に神の加護を頼ろうと、現在の和歌山県田辺市の熊野神を当地に勧請した際の流れを祭事にしたものです。この祭事は世襲制の「神役」によって代々続けられていましたが、その存続が危ぶまれています(2回シリーズの前編)。
※1 指定を受けたのは「室根神社祭のマツリバ行事」。なお、閏年の翌年に行う祭事が「室根神社特別大祭」であり、いわゆる「例祭」は毎年開催している。
小野寺 コロナ禍を経て、今年は6年ぶりの特別大祭ですが、正直なところ、大祭の中身を知る市民は少ないのが現実です。総代長である鈴木さんに特別大祭の概要や文化財指定を受けたポイント等をお聞きし、理解促進の一助に……と思うのですが。
鈴木 まずご理解いただきたいのが、総代長の私やその他23人の総代は、神社の維持管理をする役目であり、実は大祭そのものの音頭を取ったり、責任者的なものではない、ということ。「総責任者と言える人がいない」ということが、ある意味でこの祭りの魅力であり、難しさでもあります。
小野寺 それは、どういうことでしょうか?
鈴木 現在、特別大祭は「神役会議」「総代会」「袰先陣保存会」「協賛会」「室根神社祭保存会」「荒馬先陣保存会」「寄内祭実行委員会」等の各種団体の協力により行われていますが、本来は「神役」と呼ばれる、熊野神の勧請に携わった人を先祖に持つ人々により受け継がれてきた祭りです。神役がそれぞれの役目を担うことで成り立つ祭りなので、全体の指揮をとる人というのはいないんです。
小野寺 なるほど、総代長は普段の神社の維持管理については権限があっても、この祭りに関しては側面的支援のみ、ということですね。
鈴木 そう、勧請当時は総代なんていませんから。あくまでも当時の権限が受け継がれているわけで、神役の中で最も責任のある立場は本宮の「大先司」なのですが、実は神役を維持できなくなり※2、他にも絶えてしまった、絶えかけている神役があり、特別大祭自体の継承を考える時期にきていると思います。
※2 現在は血筋を辿り、遠い血筋が経済的支援を行うことで、大先司を継承し続けている。
小野寺 世襲制度ってカッコ良いなぁと思っていたんですが、やはり難しさもあるんですね。ちなみに勧請に携わった人々の世襲ということは、神役さんたちのルーツは和歌山にあるということですか?
鈴木 和歌山から熊野神の御霊を守りながら来た役(大先司や御先旗など)のルーツは和歌山ですが、当地で出迎えた役(陸尺頭、荒馬先陣など)のルーツは当地の郷長等です。
小野寺 ご先祖様の当時の立場や役目を1300年も受け継いでいるって、やっぱりカッコ良いなぁ……(笑)
鈴木 そういう部分が文化財指定の由縁だとは思うんですが、現実的には神役の負担は大きく、神役であるがゆえに家が経済的困窮に陥ったりしています。例えば実際に神役が維持できなくなった大先司の場合、約10人程の人を雇わなくてはいけません。馬が必要なので、馬の口取り、旗持ちなど、大先司という立場に関係する役付きを自身で用意します。立場上、昔は家としての羽振りも良かったようですが、次第に苦しくなり、家族や親類だけで担うこともできず……。
小野寺 神役は一人でも、そこに付いていた人馬なども1つのセットとして、神役の家で担わなければいけないんですね。
鈴木 そう。そして女人禁制なので、女家系になってしまうと辛くなる。「うちにはもう私と娘しかいないからできません」という神役からの相談もありますが、「家系を辿って男性を見つけてください」と説得するしかないんです。
小野寺 神役はいくつあって、そのうち継承が危ぶまれている役はどれくらいあるんですか?
鈴木 本宮・新宮のそれぞれにある神役もあるので、約35の神役があります。そのうち当初の家から受け継がれ続け、今も安泰と言えるのは10役程度でしょうか。大先司も本来は本宮・新宮それぞれ2つの家があり、交互に担っていたのですが、本宮は1つの家のみが遠い血筋の支援で継承、新宮は休祭としてどちらも出さなかった年があり、現在は旧2区※3が大先司を出したり……と、実は何年も前から世襲制度の限界は顕在化していたんです。
※3 現在の折壁1丁目と八幡沖住民の中から任意に組織形態を作った。
小野寺 背景にあるのは経済的負担や家の縮小でしょうか?
鈴木 そういう家もあります。役によっては100万円くらいかかり、それが約3年毎に行われるわけですから。
小野寺 神役を継承したせいで枯渇するというのは皮肉な話ですよね……。保存会化した役もあるようですが?
鈴木 「荒馬先陣※4」は平成17年に、「袰先陣※5」は平成29年に保存会化しました。荒馬先陣はそれまでは9つの「組」で、袰先陣は「家元」と呼ばれる家系で担ってきましたが、どちらも継承が難しくなり、当該地域有志で任意団体を組織したようです。
※4 熊野神を室根山に運ぶ途中の峠で、矢越地区の人々が白馬17頭を連れて、出迎えたエピソードに由来する神役。
※5 江戸時代に加えられたとされる「大名行列」。
小野寺 時代もありますよね。その昔は袰先陣を出すことが誇りや憧れだったんでしょうけど。
鈴木 そう、男の子が生まれると、家元に頼んで若殿様にしてもらったんです。ただ、行列の費用をその家が抱えるので、2~300万円かかったりする…。
小野寺 本来はもう少し質素だったのかもしれませんが、時代と共に派手になっていって、大きくなっていって、その結果金銭的負担が大きくなったのかなと推測します。
鈴木 そこに少子高齢化も相まって、ますます大変です。そして政教分離の関係で行政としても補助が難しい。でも実は、「室根神社特別大祭」と言った時に、神事の部分とそうではない部分があるので、神社の中と外の部分は区分けして見てくれれば、行政が補助できる部分もあると思うんですが……。
小野寺 世の中の伝統芸能関係は高齢化とともに継承がどんどん難しくなっていますが、多くの伝統芸能は神事にルーツがありますからね。
鈴木 ちなみに、我々総代も室根神社本殿の中で行われる祭儀で何が行われるのかは知りません。特に「神移し」の際には、メディアなども退出させられるので、宮司とそこに関係する神役しか分からないんです。そうした本当の神事部分と、勧請を再現する部分とは、意味合いが違うような気がします。
【次号へ続く】