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葺き替え(リフォーム含む)、カバー工法、修理修繕、屋根塗装、ソーラーパネル設置等、屋根施工全般を取り扱う。現代表・酒井正彦さん(3代目)の祖父(新潟県の瓦葺職人)が、終戦後、宮城県で瓦やスレート屋根の需要が増えたことにより、宮城県の企業で職人として従事(その際、縁あって花泉町清水原集落に移住)し、昭和30年に独立・創業。昭和34年頃には現在地に移転し、地元の土で瓦の製造(窯焼き)から施工(瓦葺)まで一貫して対応。平成10年、3代目の就任とともに法人化。物流の発展や、屋根材の多様化などを受け、自社瓦製造は撤退するも、屋根施工全般という形で職人の育成に努めている。
(idea 2024年6月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
「一般的に『瓦』というと、お寺などの黒い瓦をイメージする方が多いと思いますが、実はいろんな種類があるんですよ」と語るのは、有限会社酒井瓦工業3代目代表の酒井正彦さんです。瓦職人の祖父・父の姿を見て育ち、20歳の時には職人として屋根に上っていたそうです。
瓦は大きく「いぶし瓦」と「陶器瓦」に分かれ、それぞれに「和瓦」と「洋瓦」があるほか、形や色、メーカーによっても違いがあり、同社が取扱う瓦だけでも百数種類にも及ぶのだとか。「間取り等にもよりますが、昔ながらの日本家屋の屋根には3千~5千枚の瓦が必要で、現代の家でも2千枚は必要。昔、瓦を製造していた時は夜通しで焼いていた」と当時を振り返ります。
「屋根には、茅、瓦(セメント瓦含む)、トタン、スレートなど様々種類がありますが、昭和30年代以降、茅屋根のリフォームが進み、昭和40~50年代にかけては、茅屋根の上にトタン屋根を被せるという手法の施工も多くありました。高度成長期には家の建替え・新築が増え、瓦やトタンが主流に。近年は板金の屋根材も多く開発され、軽くて(一般的な瓦(1枚約3㎏)の約7分の1)丈夫な石付鋼板屋根材という商品の需要が伸びてきているところ。このように、屋根材はどんどん変化し続けているが、職人の手仕事に変わりはない。『酒井さんのところの屋根葺きはやっぱり職人技だね』と言って頂けることが何よりの励みになる」と、目を細めます。
戦後、日本国有鉄道(現JR)の路線拡大に伴い、蒸気機関車から飛び散る火花による火災を防ぐため、線路沿いの茅葺民家等は瓦屋根材等への切り替えが推奨されました(国の補助もあり)。そうした影響もあり、「当時は各村に1軒は瓦屋があった」のだとか。現在は、瓦素材を取扱い、施工まで行う企業は、岩手県内で4社、市内では同社のみです。
「和風家屋から洋風家屋に変化したことで、固くなに『おれは瓦屋だ。純粋な瓦しか取り扱わない』というこだわりを持ちすぎると、ニーズに対応できなくなる。だから、核となるこだわりは持ちつつも、お客さんや時代のニーズに合うメーカーとのつながりを持ち、新しい情報も取り入れないと、やっていけない」と、現実を受け止めながら「家は一生の買い物。家主のこだわりに職人のこだわりを重ねて、その家に適した屋根素材を選ぶことが大事」と、屋根職人のプライドを見せます。
同社の従業員13人の内9人が職人(瓦屋根工事技師や瓦葺き2級技能士等の資格保有者含む)として現場に出向き、外国人技能実習生の受け入れ(現在3人)も行っています。
同社の4代目である長男も瓦の本場である愛知県で修業し帰郷。親子4代に渡り、お客様の気持ちに寄り添い、時代に合わせた多様な屋根施工全般に対応しながら、大切な家を守っていきます。
瓦の種類について説明する3代目代表の酒井正彦さん。
近年では瓦素材の置物や瓦クズの利用(防犯用)なども紹介。
同社の施工事例。