毎月さまざまなテーマで地域づくりについて考えていくコラムです。
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第24話(idea 2021年3月号掲載)
新型コロナウイルス感染症と向き合いながら生活する「withコロナ時代」となってしまいました。‘見えないモノと向き合う’というかつて経験をしたことのない社会情勢の中で、「3密の回避、マスクの着用、手指消毒の徹底など、感染対策を行いながら‘普段の生活’をしていきましょう」と言われますが、地域運営は‘普段通り’とはいかず、大きな打撃を受けていることは間違いありません。
特にも3密(①密閉空間②密集場所③密接場面)の回避は、地域住民の集まりを阻害するものとなり、コミュニティがますます希薄になると懸念されました。コミュニティが希薄になるのではなく、‘ますます希薄になる’という表現がポイントだと思うのですが、コミュニティの希薄化は、コロナ禍以前からの課題であり、新型コロナウイルス感染症がきっかけではありません。「集まれない」という状況は、これまで以上にコミュニケーションの機会を失うので、‘ますます’という表現になり、現実を受け止めている感があります。一方で、「コロナ禍のおかげで……」という声が聞こえてくることもあります。
「コロナ禍の影響で、総会やら〇〇会議が中止や延期※になり、負担が軽減された分‘自分の時間を楽しむことができている’」ということのようです。コロナ禍の影響で‘救われた’住民も少なからずいるという、良いようで悲しい現実です。
※令和2年度は、総会や各種会議を、書面表決や書面回答など、対面を避ける形で行われ、必要最低限で物事を進めるようにしたという地域・団体が多数あった。
これまでがむしゃらに頑張ってきたものに対し、‘一度立ち止まるきっかけ’をくれた、と、ポジティブに捉えることもできるわけですが、ここで考えなければいけないのは、「これまでのあり方」です。
コロナ禍において「時間短縮しても成立する会議」という実績を作ったことは、‘これまでは余計なところに時間をかけていた’ことの証明とも捉えられます。自治会はじめ、地域や団体、行政の会議も、決して‘無駄なもの’ではないはずですが、議題によっては「わざわざ集まる意味があるのか?」というものがあるのも事実。
「集まる」「顔を合わせる」「意見を交わす」ことは貴重な機会なのですが、時間も貴重な資源であり、限られた資源(時間や機会)をどのように使うかを考えないと、参加率もますます低くなってしまう可能性が……。
ある自治会長さんから「活発な自治会が幸せなのか?」という問いかけをいただいたことがあります。その昔は、‘自治会活動が活発なほど地域の団結力が強まる’と、評価されてきましたが、今は、「活発にやればやるほど負担が増え、逃げ腰になる住民が多い」という現状。だから、「何もしない方が幸せ」という考え方もできますが、それでは、地域の支え合いの仕組みは保てません。これからは、「参加することへのメリット」をつけるという考え方を持ち、発想の転換をしなければいけないと語る自治会長さんが多くいます。
例えば、これまでは「集まりだ!」となれば「飲み会」が付きものでしたが、お酒を嗜む人が少なくなった昨今では、飲み会を開催すると一部の飲む人にしか恩恵がなく、ますます人が寄り付かなくなるため、地域の飲み会は有志開催にして、「手土産」をつけるなど、一人ひとりに配慮するようにしているという事例も。
3密の回避≒「集まることの回避」により、コロナ禍以前から課題になっていた「地域運営の困難さ」にも拍車がかかっていますが、大きな事業ができない今だからこそ、選択と集中の議論を行い、「アフターコロナ」への備えをする「チャンス」と捉えましょう。