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イベント参加者との集合写真(令和4年5月)
(idea 2022年6月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
前身となる「一関スケートボード倶楽部」を平成29年に発足し、令和3年10月に「一関市スケートボード協会」に改組。正会員は8人だが、同会の整備する拠点を利用する愛好者は小学生から59歳まで約40人。主な活動日は毎週日曜日(晴天時のみ)。
<Facebook> @Ichinoseki.Skateboard.Club
<Instagram>@ichinoseki._skate__association
TEL:090-2975-3354(代表補佐・佐藤利樹)
平成28年、スケートボード(以下、スケボー)が夏季オリンピック(以下、五輪)の追加種目に採用されると、それまでアウトローなイメージだったスケボーが注目を集め、東京五輪では見事に3個の金メダルを獲得した日本。
日本全体では盛り上がりを見せたものの、「地方ではスケボーやその愛好者への偏見がまだ残っている。日本にも有能なスケーターは多く存在し、プロスケーターを夢見る子どもたちもいる。遊び要素が強かったスケボーを、ようやく正式なスポーツとして受け入れてもらったが、大人も子どもも楽しく、気軽に滑れる環境には程遠い」と、一関市スケートボード協会の代表補佐・佐藤利樹さんは当地域における現実を見つめます。
同会の前身となる「一関スケートボード倶楽部」を平成29年に発足させ、「スケボー」という「カルチャー」の浸透と、理想の環境を創出するために奮闘する同会の「これまで」を伺いました。
10代の頃にスケボーを始めたものの、20代後半には、価値観のズレや、結婚・育児も重なり、仲間とのスケボーから距離を置いていた利樹さん。一関運動公園を子どもと散歩していた時に、スケボーの練習をしている若者の集団と出会います。興味本位で声をかけたことを機に知ったのが「一関には気軽にスケボーができる場所がない」という現状でした。
自分たちも滑る場所を求めて苦労していた経験を思い出し、「今の若者と過去の自分たちを重ねて『一関にスケートパークをつくろう』と思い立った」という利樹さんは、34歳の時、かつて一緒に滑っていたスケボー仲間たちに声をかけます。スケボーショップとのライダー契約を結ぶほど(当時)の実力者・佐藤和雅さんに代表を依頼し、仲間12人と「一関スケートボード倶楽部」を発足させたのです。
会としてまず取り組んだのが、「スケボーができる場所」の確保でした。行政や体育協会等に働きかけたことで、一関運動公園の多目的広場の利用を提案されたものの、環境面で障害があり、利用を断念。その後も懇談や候補地での立ち合いなどを重ねた結果、ついに一関水泳プール駐車場の一画という利便性の良い場所を利用できることに!
イベントも開催するなど、会の認知度も上がって来た矢先の令和2年5月、同エリアに新型コロナウイルス発熱外来の仮設テントが設営されることに…。
拠点を失った同会は「どうせなら天候に左右されずに練習できる屋内を」と、約半年間も空き店舗などを探し、なんとか倉庫の賃貸契約を結ぶことに成功。会の役員数名で決して安くはない賃貸料を捻出するという覚悟の決断でしたが、「屋内パーク」という理想の環境を整えることができたのです。
しかし、会として注意を払い続けていたはずの騒音や利用マナーに対し、恐れていた近隣からのクレームが発生。令和3年7月、倉庫からの撤退を余儀なくされます。さらに、屋内拠点ができた時に役を引き渡した後輩からも「役を辞めたい」という申し出があり、会の継続は危機的状況に……。
「だけど、やっぱり『スケボーが好き』という気持ちは変わらず、逆に『自分たちがスケボーの出来る環境を整えていかないと』という気持ちが強くなった」と、立ち上げメンバーたちは振り返ります。その後、会の運営と活動場所等の模索を続け、令和3年10月、プロスケーターの育成や競技人口の拡大にも力を注いでいくことを視野に、「一関市スケートボード協会」へと改組。同時期に発熱外来の仮設テントも役目を終えたため、駐車場の一画での利用が再び可能となり、協会としての活動が始動しました。
「現在の活動場所は仮設パークで、あくまでも駐車場の一部を借りている状態。一度、役を退いた身ではあるが、僕たちの役目はスケボーをするための『環境の提供』だと思っている。場所がなければ子どもたちがスケボーを知るきっかけをつくれない。イベント時にプロスケーターを呼ぶことによって刺激に繋げる。そういう『環境』を整え、次の世代に交代していきたい」と、笑顔で語るメンバーたち。
常設の「スケボーパーク」造設を目指し、スケボーの魅力やカルチャーを伝えることに加え、愛好者のマナー向上など、理解を得るための活動にも尽力していきます。
左から
小野寺博明(おのでらひろあき)さん
代表・佐藤和雅(さとうかずまさ)さん
代表補佐・佐藤利樹(さとうとしき)さん
スケートボードをきっかけに10代で知り合った3人は、社会人になってからも一緒に滑るほど親交の深い仲です。 小野寺さんは同会のオリジナルTシャツやチラシなどのデザインを担当する「デザイナー」ポジション。
『RIVER SIDE SKATE SESSIONS』は倶楽部時代から開催。令和4年5月開催時は小学生や女性含め40人以上が参加!
令和4年4月に初開催したビギナーズスクールでは、子どもたちへ基本フォームを指導。スケボーの楽しさを伝えます。
室内に収納するスペースがないため、野ざらし状態のセクションを使用前後にしっかりメンテナンス。安全第一で滑ります。
活動場所周辺の清掃活動にも取り組む同会。「ポイ捨てはしない」という基本的なルールを子どもたちに教えます。