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集落内にある特別養護老人ホームの夏祭りに参加したときの様子(平成30年)
(idea 2021年10月号掲載)※掲載当時と現在では情報が変わっている可能性があります。
行政区は「日形4-1区」。旧日形小学校から集落公民館までは約3km、そこから約1km先には「刈生沢の滝渓流公園(中通分は一部)」がある山間集落。37戸100人弱が暮らす。
「10歳未満の子どもはゼロ。でも都会からの移住者は累計5軒。定年後に暮らすには良い場所ってことなんだろうね」そう苦笑いを見せる中通集落のみなさん。取材依頼をすると、すぐに5人も集めてくれ、普段からの密な関係性が窺えます。
舟運で栄え、川の近くに町場を開いた日形地区において、中通集落は山間地に位置します。日形地区は水害が絶えなかったため、徐々に山間地を開拓していったものと推測。そのため、同集落には旧家は少ないものの、10代以上続く家もあります。
しかし、進学を機に地元を離れる若者は多く、平成27年に日形小学校が老松小学校と統合すると、市内の他地区に住居を構える子育て世代が増加。令和3年現在、集落の最年少は13歳という現状です。
「子育て環境が悪いと思ってしまってるんだよね。過去に移住してきた人の中には『子育て環境が良いから』と、子ども連れで移住してきた人もいたのに。実際、そのお子さんは移住してきてすぐに体調が改善したようだ」と、同集落出身の若い世代との価値観の違いを冷静に語ります。
コロナ禍以前には親睦会や反省会等、ことある毎に懇親会を行なったり、平成初頭までは「長男会」や「若妻会」などの活動が盛んだったという同集落。若妻会は「十日会」という名称で、お嫁さんは100%参加していた時代も。「集まる日が楽しみだったの。お嫁さん同士は今でも仲良しよ」と、当時参加していた方々が微笑みます。
その言葉通り、当時の若妻会のメンバーの多くは「中通わっははの会」に移行。同会は30年以上続くサロン活動で、「今の名称になったのは20年くらい前だけど、私の義祖母の世代から活動していたみたい」と、同会の現代表・小野寺恭子さん。かつては各戸から一人は参加する流れがあったようで、小野寺さんは40代の頃から関わっています(現在はサロン化したため、原則65歳以上が対象)。
月に1回の活動で、年間スケジュールは会員みんなで検討。年に2回は温泉(藤沢町「まさぼうの湯」)に行く回を設けることで「その時だけは男性会員も参加する」とのこと。現在の最高齢は88歳、月に1回の集まりを楽しみにしています。
また、平成23年までは「カラオケビアガーデン」と称し、同集落単独で夏祭りを開催。日中は竹を活用した流しそうめんや屋台を楽しみ、夕暮れからはビアガーデンとカラオケ、夜には花火……と、老若男女が集い、楽しんでいたとか。しかし、平成20年頃から日形地区全体でも夏祭りが開催されるようになると、日程がかぶるように。子どもが少なくなってきたことも考慮し、日形全体での夏祭りへ参加するということで集落の夏祭りは発展的終了としたものの、「日形全体の夏祭りには役がない限りは参加しにくいね。近いけど遠いのよね」と、本音がぽろり。集落で開催される、住民誰もが参加できる親睦行事は、現在は新年会のみ(コロナ禍で昨年度は中止)。集落で開催する親睦行事の意義を考えさせられます。
集落事業について「積極的にやりすぎない。必要最低限で負担をかけない」ことが大事だと語るのは集落公民館長の増子修一さん。実際、集落独自で取り組むのは、各種環境整備のほか、集落内の市道における危険木伐採作業など、生活に直結する事業のみです。
ちなみに、同集落では数期前から集落公民館長含む集落の4役を班毎の輪番制にしました。「役の成り手がなくて、家まで説得に押し掛けるような時期もあってね」と輪番制になった背景を振り返ります。
2月に開催する総会の時に、班毎に分かれ、当該年度に引き受ける役に就く人を相談。その他、総会時には農家組合など、集落全体のあらゆる「役」を見える化し、調整します。37戸に対し、役は班長等を含め、合計35。高齢者一人暮らし世帯などを外すと、役の成り手には限界があります。
こうした現状も受け、4班体制から3班体制に切り替える準備をしている同集落。3班にすることに合わせ、輪番制の集落役員も4役から3役に減らす予定です。
「定年後の棲家」であればなおのこと、安心に暮らせる環境と、負担の軽減の両立を図るべく、少しずつ集落運営の見直しを進めていきます。
ますこしゅういち
増子 修一さん
集落外出身の増子さんは、長男会に加入した最後の一人。少年時代には漫画家を目指していたというだけあって絵がお上手!
A.自然に恵まれ人柄もよし
こんどうまさのぶ(のりこ)
近藤 正信さん(紀子さん)
東京からの移住者である近藤さんは震災前に同集落の山を買い、通いで開拓を進め、6年前に本格移住。輪番制で今年度は集落の会計を担っています。
A.生活するのにとても便利
「松くい虫」被害で立ち枯れ状態の危険木を毎年自主的に伐採・撤去しています。令和2年度は24名で作業しました。
「日花里保全振興会」が定植するシバザクラが中通地内の市道沿いにあり、同集落の女性陣も管理作業を受託しています。
平成23年まで集落恒例行事だった「カラオケビアガーデン」。子どもたちも流しそうめんの「流す側」に参戦!(平成16年)
年に2回「一関市花泉介護予防センター」を利用。普段の集落公民館での活動とは一味違うとか。この日は8名が参加。